ジャニあっく!

「昔のジャニーズは良かったな〜」 というスタンスのジャニーズ応援ブログです! なので今時のジャニーズに対しては辛口記事もあるかもしれませんが、 ジャニーズ愛には絶対の自信があります。ジャニーさん万歳!

2017年02月

アド街 高砂 ボビーさん

先週のアド街で「京成高砂」が取り上げられました

その中で、なんとボビーさんのダンススクールが出て来ました!

ボニーさん自体は「アニー」の振り付けなどで最近もテレビで拝見しましたが、今回は薬丸くんやイノッチについて触れていたので、より思い出が湧き上がって来ましたよ

ここで気付いたのは、ボビーさんが薬丸くんのことを言う時に「薬丸は」と言っていたのにイノッチのことは「井ノ原くん」と言っていたことです

これは、当時のジュニアの急激な増加が影響していると考えざるを得ません

薬丸くんの頃は、人数が少ないのでボビーさんも新人はすぐに名前を覚え、また話す機会も多かったはず

だから、親しみを込めて呼び捨てになる

イノッチの頃にはとても覚えられないくらい増えてしまったので、当時はイノッチのこともレベルが上がって来るまでよくわからなかったのではないでしょうか。

そんなところに視点が行ってしまいました



月9の断末魔

もういい加減にしてほしいですね

次の相葉くんで数字が取れなければ改変もありうる、という意気込みみたいですが、
言ってみれば月9は経済用語に例えるととっくの昔に「デフォルト」状態

誰を持ってきてどんな話にしようが、若者をターゲットにしている時点で考え方自体が間違っている

キムタクのドラマは、数字こそ伸び悩んでいますが内容はいいですし、次も気になります
キムタクがこれまでのように飛び抜けていない演出、タバコが出てこない演出も功を奏するものです

相葉くんの他の助演陣には、単独で主役が張れる人ばかり

4番ばかり集めて、月9はジャイアンツか?

そろそろ野球兄弟の社長は身を引いた方がよろしいのでは



マッチさんと薬丸くんの世界

実はYahoo!ニュースで見たんですけど、特番でマッチさんと薬丸くんが共演したんですってね!

シブがき隊解散後は初共演だとか

いいですねえ、いい時代になりました

そこは僕の知らない世界です

合宿所が渋谷だった時の話なんですよね?おそらく


マッチさんだけがバイクOKだったっていうのもびっくり

僕らの時はもうみんな解禁、というか持ってないとかっこ悪いみたいな

やっぱり、ジャニーズっていうのは、1年2年違うともう世界が全く違うんですね

特に80年代は......


手越くんの神対応

ちょっと記事にするには遅れてしまいましたが、僕ちょうどあの番組見てました。

「いやあ、彼もここに来るまで相当叩かれ苦しんだんだろうな〜」とひたすら感心していましたが、どうもそれは皆さんも同様だったみたいですね!

ああいう極端に目立つキャラは、まあ、そりゃ当然叩かれますよね、実績のないうちは。

でも彼は、それこそイッテQのおかげで演者として王子キャラアイドルの概念を根底から覆すほど叩き込まれ、結果、最強のアイドルの一人へと変貌を遂げました。

その中でのニコルへの神対応。

軽く言っているようでもあり、ブレない底力も感じさせる強い説得力もあり、それで皆さんに強い支持を受けることになったのでしょう。

その前のホンマでっかTVでも、似たようなことを喋っていましたから、本当に本心なのでしょうね。


いやあ、僕が今子供だったら手越くんを目指しますねー



ジャニーズが模範としたダンス

これはもう、皆さんマイケル・ジャクソンだとご存知でしょう。

では、当のマイケルはそもそもどうだったんでしょうか。

ジャクソン5時代のマイケルは、ジェームス・ブラウンやフレッド・アステアに大きく影響を受けていたと、エリザベス・テイラーなどが語っています。

今でこそそういう映像は簡単に観ることができますが、当時は情報そのものがなく、僕はジャニーズを辞めてから、アメリカ留学中に向こうで売っていたマイケル・ジャクソンのヒストリービデオで初めて知りました。

そのビデオには、確かにマイケルが影響を受けた先人たちのダンスの様子が描かれていました。

そこにはエンターテインメントとしてのダンス、魅せるダンスの要素が詰まっていました。

僕らの時代に、スリラーが大ヒットし、ボビーさんも僕らもこぞって振り付けやアドリブに取り入れました。

でもそれをするにあたって、バレエなどのダンスの基礎を徹底的に叩き込まれたのは、やはり先人たちの基礎を取り入れなければならない、というジャニーさんやボビーさんの信念があったように思います。



なぜジャニーズJr.が爆発的に増えてしまったのか

僕がいた頃は30人。今は全国で300人とも500人とも言われています。

これまでずっと、なんで少数精鋭から大所帯に方向転換したのか、不思議に思っていました。

ジャニーさんは決して適当に人を入れるような人ではありません。

推測でしかありませんが、恐らく応募人数の急激な増加があったのだと思います。

僕の頃は、よく本人ではなく女性の親類が勝手に送るパターンがありました。

でもそれって、どこにどうやって送ればいいか、知っていたことになりますよね?

当時からのジャニーズファンでなければできないことです。とにかく情報が皆無に等しかったですから。

僕は、そういう身内はいませんでしたし、何より自分自身が応募したかった。でも、どこのなんていう事務所か分からない。明星も平凡も見たことない。そんな中、一から捜索を始めたのが中学1年の頃。

随分かかって、ようやくファミリークラブにたどり着き、応募できたのが中1の冬でした。

それから夏にもう一度応募して、オーディションの通知が来たのが中2の冬。短く見ても、応募からオーディションまでに半年かかっていたのです。

それもそのはず。当時でさえ1日に数百通の応募書類にジャニーさんは目を通してオーディションに呼ぶ子を選んでいました。この作業はジャニーさんしか出来ません。

時代が降れば、応募書類の数は倍数的に増えていったでしょう。人気アイドルもどんどん出ていましたし。

そんな中で、不定期といえども同じクオリティーで書類選考が出来るはずがありません。ジャニーさんだって忙しいのです。でも、明らかに処理能力を超えた数の応募書類が毎日ダンボール箱で届けられる。

そうなったら出来ることは一つ、入れる基準を下げてとりあえず入れてみてから考える、そうなったのではないでしょうか。

また、ジュニアのダンスレベルが下がったことも同様に、少人数だったら一人一人に目を届かせることもできますが、レッスン場に入りきらないくらいのジュニアがひしめき合っていてはまとまりがつきません。結果、踊りのレベルを下げて人数で舞台を華やかにしていく作戦にシフトしたと考えられます。

もちろん、その中には昔の基準をクリアするようなジュニアも出て来ていたでしょう。それが、滝沢くんなどではないでしょうか。

今のジュニアはテレビや舞台がたくさん用意され、低レベルの状態でも人目に立つことができます。僕らの頃はそんなことは許されません。少人数であっても、求められるレベルをクリアできなければバックで踊ることすらできない。僕らの世代の多くは、ある時期から日曜の定例レッスンを出禁になりました。ジュニアが増えてレッスン場のキャパが限界に来ていたからです。僕らにはツアーや歌番組などのリハーサルがあちこちのスタジオであるので、そっちに集中して、と言われました。

つまり、そこでレッスンを受けている若者たちはまだ人前に出すレベルではないということです。ただ、どんどん入って来ますから、基本が出来てきてジャニーさんのインスピレーションに合った子たちはどんどんデビューさせるようになりました。それが、光GENJI以降です。

ジャニーさんの凄いところは、そうやってエイや!で出したタレントたちがほとんどうまく成功しているところです。そういう意味では、選ぶ段階で時間をかけた少数精鋭でも、選んでから時間をかけた大所帯でも、ジャニーさんの目は変わらなかった、ということになります。

ただ、少数精鋭だった僕らには全員にデビューのチャンスがあった。でも大所帯でそれは考えられません。だから僕は躊躇なく学校も2回変えたし、他のもの一切を犠牲にも出来た。ジャニーズのタレントとして成功するイメージしか考えてませんでした。でも今のジュニアたちにはそこまで出来ないと思います。将来どうするのか、考えながら活動せざるを得ないでしょう。しかも、何らかのグループになったとしても、歌を出すまでにどのくらい時間がかかるかも分からない。

ちなみに、最近知り合った、20代の元関西ジュニアだった子の話を聞いて、そう思いました。



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プロフィール

石丸志門

1967年9月5日生まれ O型

元ジャニーズJr.
主なレギュラー活動履歴:

テレビ
TBS「年頃家族」
テレ東「ヤンヤン歌うスタジオ」

ツアー
少年隊全国ツアー帯同

50歳を機にビジネスマンを辞めました!
僕はやっぱりクリエイター。アーティスト。

引退後は大学、留学、教員免許取得、会社勤めなどふらふらしていましたが、ようやくジャニーズに次ぐ生き方を見つけられた感じで努力中です!

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